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暴力的指導をなくすために=反復脅迫からの脱却

なぜ指導者は、暴力的になってしまうのでしょうか。
まず、平成25年6月23日の読売新聞 朝刊からの抜粋です。

【日本バスケットボール協会は22日、大阪市立桜宮高バスケットボール部の男子生徒が、顧問教諭(懲戒免職)から体罰を受けた翌日に自殺した問題を受けて全国の認定コーチに行ったアンケート調査の結果、約1割が過去3年間に暴力行為等を行ったことがあると回答したと発表した。

 (略)アンケートは、(略)全コーチ1万1813人を対象に、記名式で実施。約7割の8296人から回答を得た結果、9・4%に当たる776人が過去3年間に暴力行為等を行ったことがあると答えた。

 具体的な行為(複数回答可)としては、555人が暴言、372人が暴力、28人がパワハラ、2人がセクハラを行ったと回答した。

今後、暴力行為等を一切行わないと誓うかという質問には、98%の8143人が「はい」と答えた一方、9人が「いいえ」、144人が「わからない」と回答した。】



今後の暴力的指導の根絶に『誓約しない』との回答が153名にのぼったことに対して、一部では強い批判が起こっています。
しかし、この回答をただ批判することよりも、なぜ誓約できないかという理由を確認することのほうが大切だと思います。そこから、今後の改善に向けての貴重な要素が抽出できるかもしれないのです。
暴力的指導を「やめるつもりは無い」のか「やめる自信がない」のかでも、誓約しない根拠は違います。このあたりの心理をこの機に深く分析し、日本の指導方法の向上につなげる好機とするべきでしょう。


生徒の自殺という痛ましい出来事によって桜宮高校ばかりがクローズアップされますが、程度の違いこそあれ、日本のスポーツ団体のほとんどで怒声が飛び交う激しい指導が行われていたことに異論はないでしょう。
それは、幼い小学生を集める野球やサッカーのチームでも同様で、小さな子どものミスに対して、大人たちが声を荒らげ激しい叱責をする光景を、僕の息子が所属していた少年野球チームを通して何度も見てきました。どのチームにも数名は「怖いコーチ」がいて、怒鳴られ、時には小突かれ、練習をしています。そして通りすがる方が足を止め、「それくらいの厳しさは必要だよ」と話したりすることからも、日本には時には暴力を伴う厳しい指導を容認する風土があることは確かです。
そして、僕自身も自分の息子に対して、同様のアプローチをしてしまうこともありました。

まず、大人たちが自分を誤魔化すことなく、このような「風土」を容認しながらさまざまな分野での「育成」に関わってきたことを正直に認めることが必要だと思います。そうでなければ、事件として表面化してしまった人だけの問題になってしまいます。

自分の実績に自信がある指導者ほど、「厳しい指導は時に必要であり、そのことなしに高い技術の習得は無い」と考える人の割合が高いように思えます。事件後によくTVのニュースなどで、元プロスポーツ選手らが桜宮高校事件へのコメントを求められていました。そこでは「厳しさは当然必要。暴力と厳しさの境界線を引くことは難しい」というような意見が多く、結局は何も言っていないに等しい歯切れの悪さばかりが目立ちました。

その中で、「楽ませることこそが本道。そのことが心身、技術、全ての効率的な育成に効果的」という、明快な指導論を異色的に唱えていたのが元プロ野球選手の桑田真澄氏でした。その言葉には一切のよどみが無く、確信に満ちた姿勢を感じましたし、僕はこの考え方を全面的に支持したいと思っています。

僕はかねてより、日本の指導者が不必要な厳しさと暴力に頼ってきた理由として、精神分析でいうところの『反復脅迫』の構造がよこたわっていると考えてきました。
この反復脅迫を簡単に説明します。
例えば、いささか心苦しい例なのですが理解しやすいと思うので児童虐待の話しをしますが、虐待された子供は将来、残念ながら虐待をする親となる可能性が高いという研究結果があります。叩かれ、怒鳴られ、虐げられる。その子は、こんな思いはしたくないと思い、大人になったら自分の子供をこんな目にあわせたくないと考えていたのに、同じ事を繰り返す人がとても高い割合でいるというのです。

それはなぜでしょうか。
管理者による支配から逃れられないとき(親と子供、指導者と選手、など)、そこでの苦しい状況をしのぐために、まず逃避するために自分の意識を押し殺し(抑圧)、自分は嫌われているわけじゃないと思い込もうとし(否認)、この仕打ちは自分を愛してくれているからこそ必要なものなのだというすり替え(合理化)を行います。そうでなければ、ただ憎しみのなかで受ける仕打ちに自我が耐え切れません。自尊心を維持し、みじめな自分を自己認識したくないために、このような正当化を自分の中で無意識に行うのです。

しかしこれは、こじつけの正当化でしかありません。本当は、受けた仕打ちに「愛情」など無く、ただ感情的な暴力に振り回されただけだということを、心は察知しています。なので、本当は感じている「憎悪」と、無理やり正当化した「愛情」が自分の心の中に並立し、その間を行ったり来たりし不安定な忠誠心が生まれます。これを反復脅迫といいます。

そして自分が指導をしたり教育をしたり、あるいは躾(しつけ)をする立場になったときに、むりやり作り上げた「愛情に基づいた教育や指導」がムクムクと表面に出てきて、過去に復讐するように、正当化した偽の愛情を持ち出して暴力的になってしまうのです。
スポーツで、みんなから高い評価を受ける実績を残した人が攻撃的な指導をしたがるのも、そのような指導があったからこそ自分は成長できたんだという思い込みがあり、しかしその人の中に残る理不尽な思いの分だけ、理由無く暴力的な指導となって現れると考えられます。

この反復脅迫から抜け出す効果的な手法の一つに、自分が育った環境は、「残念ながら思っていたような愛情に包まれていたわけではないということを認める」ということがあるそうです。親の暴力は「愛情ゆえのしつけ」ではなく、ただの苛立ちであったこと。激しい怒声の中で自分を追い詰める指導者の圧迫は、確信をもっての指導ではなく感情的な気分に左右されたもの。それらを認めることは、その段階で成立した自我の組み換えが必要となり、自我の組み換えは不安と向き合うことになる辛い作業です。そのため、簡単には事実を受け入れられない場合が多いそうですが、それでもそれをしなければ、反復脅迫から抜け出すことは難しいのです。

今回、日本バスケット協会が行ったアンケートで、「暴力を行使したことがあるが、今後はしない」と誓約した指導者が、本当に指導法を変えることができるのか。
さらに言ってしまえば、「暴力的指導をしたことがない」と答えた指導者は、本当にした事が無いのかも分かりません。自分では気づかないまま、客観的に見れば暴力的指導を行っていた人もいたかもしれません。

そして何よりも、アンケートを実施した協会員に、「時に攻撃的指導も必要」という意識が残ってはいないのか、ということも分析する必要があるのではないかと思います。
なぜなら、表面的に思い直しをしただけでは、簡単にゆり戻しが起こります。違う事象が起こったときに、また、「この場合には厳しく叱責しなければ改善はあり得ない」という判断を安直にしてしまうかもしれません。

つまり、これからの日本において、暴力的な指導から脱却するためには、単に現場の指導者に「もうしません」と言わせるだけでは無意味であり、次代に向かって伸びていく人材を育てる全ての人が、自分自身の過去と現在をとらえなおすくらいの徹底的な取り組みが必要ではないでしょうか。
人材育成に関わる多くの人の中にある反復脅迫の構造を壊していくことが、本質的な指導法の改善に向かう方法であると思います。

桑田氏が、PL学園という勝利至上主義の学校で厳しい指導に耐えながら育った選手でありながら、これまでの日本の指導法とはある意味で正反対の手法に意義を見出すようになったのは、恐らく、選手として受けた手術やプレーヤーとしての経験を海外で積んだからではないかと思います。
それまでは、手術=(イコール)選手生命の終わり、と捉えられていた時代に海外に渡り肘の手術を受け復活。また、選手として晩年にメジャーリーガーとなり全く異なった環境で選手生活を送る。
このような前向きな姿勢を以って積み重ねた経験が、桑田氏の意識構造を自然と変え、パラダイムの転換がスムーズになされたのではないかと考えています。

前出の新聞記事にあるような、同バスケット協会による【体罰を行った小村基元教諭(47)のコーチ登録を抹消、資格取り消し処分とする。また、アンケートの結果、選手に治療が必要なけがをさせたコーチ8人には弁明を聞いたうえで戒告の処分を下す。けがはさせなかったが、暴力行為等を行っていた767人にも文書で注意する】ような対応では、課題はたいして解消することもなく、改善に向かうとは思えません。
繰り返しますが、暴力的な指導があったことを認識していた同協会員自らも、自己の意識を組み替えて問題解決にあたらなければ、構造的な問題など解決できるはずは無いのです。
そしてそれは、バスケット協会だけでなく、日本のあらゆる地域で活動する団体やチームも同様です。

前述の通り、自我の組み換えをすることはとても苦しい作業です。しかし、子どもたちや若者を育てる立場の指導者がその困難を受け入れて乗り越えることができなければ、それこそ苦難を乗り越えなにかを達成させるための指導者の立場にふさわしい人材とはいえません。

指導者の資質、それはつまり、自分自身の固定観念や偽りの自己認識から脱却できたかどうかで計ることも、ひとつの指針ではないかと思います。




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[ 2013/06/25 11:23 ] 社会 | TB(0) | CM(0)
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みのわ信矢

Author:みのわ信矢
“まつど”で生まれ、“まつど”で育った僕。“まつど”がもっともっと元気で優しい街になることを願っています。まちづくり、政治経済、野球/ソフトボールに子ども会、etc・・・。たくさんのことを、たくさんの人たちと一緒に考え、行動することの大切さを感じています。地域活性化を願う全国の方々との交流も、どんどん持っていきたいですね!

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