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まつどTODAY~松戸市議会議員 みのわ信矢のまちづくりブログ

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【松戸市行政】避難受け入れは、市長のパフォーマンス?

この度の震災と原発事故による混乱に対する行政の対応に、その都度問題提起をするのもよくないと思っていた。
なので、一定の期間を経て、検証の後に、よい点悪い点を考察しようと考えていた。
混乱という状況は乗り越えたと感じるので、また、3月議会を終えて新年度に入った今日、昨年度中に早急な予算措置がなされなかったことを踏まえ、1点、松戸市長の中途半端な姿勢を問いただそうと思う。




本日もなお、引き続き、福島県からの避難受け入れをしている松戸市。
私は、いくつかの関係から、受け入れ先の某寺院に毎日のように連絡を取り足を向け、できる限りの協力をしながら避難所の状況を見ている。

そこで感じるのは、受け入れ当初から、お金がないと言うこと。
松戸市は、福島から避難してくる方々を受け入れるのであれば、3月24日まで議会中でもあったことから、早急に補正予算を議案上程し、即日議決のもと、受け入れ先の判断で使用できるお金を早急に生むべきであった。

これが実行できなかったのは、昨年の市議選に落選した私が言うと負け惜しみと取られるかも知れないが、議会の力量と認識の不足もあるが、なによりも受け入れを決めた市長の中途半端な姿勢によるものと感じる。
そしてついに、H22年度中に、補助金が支出されることはなかった。

『行政の守備範囲には、今回の福島からの自主避難に対する支出は当てはまらない』
市長、そして幹部職員は言うに違いない。
ならば、“人道的”だの“全国に先駆けて”だの、或いは“勇気を持っての受け入れ決断”と、各所へのインタビューやツイッターなどで自画自賛よろしく自慢気に言い放つ部分は、今回の行動のどこに該当すると言うのだろう。

私が見る限り、松戸市は、市の施設や仏教会をつてに要請した寺院などに、寝床を提供しているだけである。もちろん、それ自体を非難しているわけではない。それは良い事として、しかし“睡眠時間を削って”だなどと殊更高らかに表現するに値する行政活動が、具体的にどの部分にあるというのか、それは示されない。

以下、長くなるので、ここで一先ず結論を示すが、受け入れ先への早急な補助金支出や、市内に限らず近隣の民間宿泊施設への支援要請などがなされず、協力する市民との意思疎通を計ろうとしない今回の受け入れは、カッコつけるだけで踏み込んだ行動はなにもしない、単に市長のパフォーマンスに過ぎないと私は断じる。



被害の大きい被災地の避難所ということではない同寺院の周辺は、もちろん計画停電などへの心配など多少の混乱は含んでいたものの、平穏な日常と言える環境をある程度取り戻している。その中で過ごす避難者は、安定した生活をする支援者に囲まれて、しかしかなり限定された生活を強いられている。
食事のメニューの幅も狭く、行動範囲も限られる。一時の、危機的な意識で避難者を取り巻く雰囲気にも落ち着きが生まれ、避難者と支援者の生活には大きな隔たりがある。でもそれは、この状況では仕方の無いことなのかもしれない。

そんな中で、避難者は当初、善意で差し入れられる、毎日同じようなメニューを口にせざるを得ず、全員が決まった食事を横並びで取り続ける。平穏な街でボランティアとして協力する方たちが温かく自由な家庭に帰ることを横目で見ながら、そのような生活をするのはなかなか辛いものだろうと思う。

避難者だって、不平を言っている訳じゃない。多くの善意に支えられていることは十分に理解されているからこそ、口さがない不満などは控えられている。
私がここで伝えたいのは、受け入れたものの、そこでの食事や最低限の娯楽は、現在までのところ、全て民間の支援のみによって賄われているという点だ。

松戸市当局は、非難者受け入れを要請した民間の受け入れ先に、こう言ったという。
『彼らは、あくまでも自主避難です。現在の法律や条例で、寝る場所の提供以外の必要は、基本的に必要ありません。なので、それ以外のコストに関しては、原則としてかからないし、負担をかける部分はないと考えています』


減点法を基本にして事なかれで職責を全うしようとする公務員としては、及第点なのだろう。もちろん、これは嫌味だ。
ならば改めて問いたい。
被災や原発の危機への賠償や生活保障に関することが最低限で規定された現行法を盾に、ほぼ安全なこの地域で行政の守備範囲論を振りかざして寝床の提供をしただけの松戸市に、勇気ある挑戦云々と言えるほど献身的かつ積極的な行為があったと自覚しているのだろうか。
避難場所を提供している民間側に、自主避難だからそれ以外は必要ないと市当局がいう部分で、支出が無いとでも市長は思っているのだろうか。
現場には、各所に最低2名は行政職員が毎日配置され、民間ボランティアが何をしているのか良く分かっているはずだ。その上で、それは行動する市民が勝手にしていることだというのであれば、行政と民間の溝は絶望的に深いといわざるを得ない。

私が通う先の寺院にも、行政職員が数名、配置されている。しかし、自然発生で集まったボランティア有志以上に、彼らによる、公的機関に身を置いていることのメリットや活動は、率直に言って、さほど無い。
私は、配置された職員を批判したり蔑みたくて、そう言うのではない。それどころか、毎日の食事や、中にはもうすぐ出産を控えている避難者への対応を、有志の市民同士がお金も物もどうやって生み出そうかと知恵を出し合い、奔走する姿をただ横で眺めるしかなく、行政職員としての無力を真摯に受け止めている姿に、同情すらしている。とはいえ、彼らは、組織内で与えられた任務はこなしていると思うが、それはしかし、現場の苦悩を解消する役割としてでは全く無いことも事実だ。

回りくどい言い方をしてしまった。簡潔に言えば、職員はたいした役に立っていないと言うことだ。


避難所の運営をお願いされ、まかなっている責任者はいう。『お金がないんです』、と。
今回、この状況に対して、松戸市は、市長は、早急な対応をなにも打たなかった。市川市議会議員を経て同市長選挙で落選し、松戸市長選挙で新人候補であった現職市長の選対に身を置き、市川で予定していた県議選出馬の枠が在籍党の支持率低下などの要因で無くなり、次の市川市長選出馬までは少なくともメシを食わさなければならないからと、借りのある現松戸市長が市川で不要といわれた人間にムリヤリ役職を与えているのだと少なからぬ人から見られている市長のふんどし担ぎが、ツイッターなどで、市の行動を自画自賛しているのに、だ。

松戸市は、津波などで自治体機能そのものが大きく劣化した被災地ではないし、そこでの支援活動とも違う。計画停電などはあるものの、ある程度は日常的な感覚の中で生活できる地域だ。その中で、地震以降、イレギュラーな行政活動やそれに伴う職員の業務があることは確かだろう。その職員の活動をただ無意味だと言うつもりは全くないが、しかしそれは、ことさら賞賛されるべきレベルのものでもなかったと思う。目の前の不測の状況に対応するための数日間のこの程度の対応は、業務量だけで比較をすれば、民間の努力に及んでいるとも思えない。顧客からの急な要請に対応するために、残業手当や休日手当ても出ずにそれぞれの業務で数日徹夜をするなど、多くの方がしている当たり前の事だ。災害という事象だからとはいえ、それに関する業務を全て美化する必要も無いし、またそれが業務の過剰評価につながるならばそれは間違いだ。


私が通う寺院に、常に行政職員はいるが、現金を避難所に提供できない彼らは、ただの雑用に過ぎないと、寺院でボランティアをする人の多くは感じている。


避難所の運営に対して一般化はできないし、ここでもしないが、こと当該寺院に関して、松戸市がするべきことは、金銭での支援だった。
しかし市職員は、現金の支出に、これまでと変わらぬ行政の論理をかざし、その困難さだけをことさらに示す。何度も言うが、その職員そのものを批判しないし、しても始まらない。彼らに権限がないことは、誰にだって分かる。
ならば、寺院に派遣されていた行政職員は、誰に対して何の役に立ったのか、きちんと検討すべきは行政内の決済権者であり、パフォーマンスという領域の行動だと一部で批判され始めている市長そのものであるはずだ。

一部の職員は、『松戸市の避難所の質は、他の自治体のそれよりも質が高いと評価されている』と、それを市当局の質の高さへの評価にスリ変えるような表現を、意図してかせずしてか行う。しかし、繰り返すが、現場には、寝床の提供以外の行政活動は目に見えない。

ある避難所提供者は言う。『マスコミの取材も受け、避難所としての質の高さも褒めていただく。しかし、自主避難である避難者に、行政は布団の提供以外できていないというのが私たちの率直な印象だ。ならば、避難所を数多く見ているマスコミの方々が評価してくださる質の高さは、何によって生まれているか。それはすなわち、近隣住民の意識や行動によって決まってきているのだと思います。そして、その住民意識は、なにも近年の行政の取り組みによって育まれたものではなく、あくまでも日々の地域社会で醸成されて来たものだと思います』
この言葉に、市当局は、市長は、ツイッターで自慢を繰り返す職員は、どう反論し、釈明するのだろう。

震災から3週間が経過し、避難者の受け入れを始めて2週間ほど経った3月末日、社協からの支援物資や交換の布団を配送していた30代半ばと思しき男性職員の、避難所で協力する市民に憮然とした表情でしか対応できない姿に、今回の受け入れが、先進的かつ画期的な行政の取り組みとして全国に向けて報道されることとの温度差を感じざるを得ず、自然発生の民間支援活動を“PPPの仕組みが非常に機能している”などと漁夫の利を得ようとするが如き意識に、軽蔑すらする思いを禁じえない。





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[ 2011/04/01 18:29 ] 松戸市政 | TB(0) | CM(1)
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[ 2011/04/20 12:00 ] [ 編集 ]
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みのわ信矢

Author:みのわ信矢
“まつど”で生まれ、“まつど”で育った僕。“まつど”がもっともっと元気で優しい街になることを願っています。まちづくり、政治経済、野球/ソフトボールに子ども会、etc・・・。たくさんのことを、たくさんの人たちと一緒に考え、行動することの大切さを感じています。地域活性化を願う全国の方々との交流も、どんどん持っていきたいですね!

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